EP1
その日は朝からピリついた空気が大会議室から漏れていた。
緊急重役会議。サイハテ内部の役職最高責任者たちが集い、今後の取り組みや反省点を話し合う時間だ。いつもならば施設を破壊しがちなNo.2と、部下に無茶ぶりをしてばかりなOTKへの注意から始まることが定例となっているが、今回ばかりはそうもいかないようだった。
「忙しい中集まってくださりありがとうございます。何分最優先事項でして」
最後に入ってきた総司令、現サイハテ本部最高責任者は分厚い書類を抱えている。
「皆さんご存じの通り、兼ねてから取り組んできた計画の一部が動き出しました」
彼女がトントンと軽く書類を叩く。それはどうやら、今回実行される計画書らしい。彼女の横に控えていた男は書類を受け取ると、それぞれの前に置いて行った。
「こちらは今回の地上奪還作戦についてまとめたものです。それにあたり、聖者研究を長年続けてきてくださったオムニスと、OTKには大変苦労を掛けました。お疲れ様です」
私は軽く会釈をし、隣でふわりふわりと浮くOTKはフン、と得意げに音声をこぼした。
「では本題に入りましょう」
総司令の一言で、全員が背筋を伸ばした。誰もが待っていたのだ、この時を。
「人類がかつて手を取り合っていたはずの聖者に果てへ追いやられて300年が経っています。初代最高責任者から始まり、コロニー内の発展から本部を立ち上げ、様々な研究をしてきました。そして、ついに全てが実を結ぶときがきたのです」
彼女の目は、強い光を持っていた。
「天より私たちを見下ろす聖者から、私たちの空を取り戻します」
それからは私とOTKが順に説明解説を担当した。
「聞いて存分に驚くと良い!総司令から任務とこのトンチキ長寿を渡されたときはどうしたものかと思ったが何簡単な事だ。地上を取り戻したいのならば聖者の殲滅はもちろんだが、その場所を守らなくてはならない、そうだろう!」
その通り。いかに一時的に聖者を退けようとも、天の彼方は未知で埋め尽くされており、聖者がいつまた戻って来るかなどわからないのだ。そのままでは安寧など訪れはしない。
「陽炎が守り続けたところで限界が来る。我々人工生命体にもどんな形であれ疲労の概念はあるからな。そこの馬鹿も等しくだ」
そう言うや否やOTKのポインターの光は椅子の上でふんぞり返るNo.2を差した。
「喧嘩するか?」
「仲良くしなさい」
No.2が立ち上がりかけたところを横からオージンが静かに窘める。
「…資料にある通りだが、要約すると対聖者に向けて作ってきた物質を使用したバリア展開装置をオムニスの知恵を借り開発した。一切興味はわかないが、この先も面白い開発が続けられそうだ。もう終わって良いか?俺様は今すぐにでも新作を手掛けたくて仕方がないんだ!!!」
話しているうちに意欲を刺激されてしまったらしい研究者はふよふよと落ち着かないように体を宙で揺らした。
「ではここから私が。今回地上奪還作戦の統括を任されているオムニスだ、まあここに知らない者はいないだろう」
そう、いないだろう。なにせ私はサイハテ組織が結成されたばかりの頃から所属しているのだから。
「この前は私の部隊の件で迷惑をかけた、すまない。しかしきちんと成果は持ち帰ってきたのでな」
灰の街。最初に奪還する予定の場所だ。コロニーから比較的近く、手始めにサイハテ支部を作るには十分の広さもある。その環境状況や、対聖者バリアを設置するにあたる目星なども付けてきた。まあその帰りに新型に強襲されることになるとは思わなかったが。
「まず第一に灰の街の地盤、環境共に問題はなかった。比較的開けた場所ではあるが対聖者バリアを三か所に設置すれば難なく覆える範囲でもある。奪還後は支部を作るための作業と、常々進めていた地下行路を灰の街に繋げる作業は必要だがね」
支部を作れば行動範囲も広がる。さらには人が地上でも休める場所を確保できることはかなり大きいのだ。
「この灰の街奪還は、地上奪還作戦の第一歩にすぎない。だが、サイハテ人類史においては大きな一歩でもある。この先陽炎には特に、さらには翔にも危険な依頼も増えるし葉脈にも多忙を要求していくことになるだろう。だが私は人を再び地上に戻すと約束した身だ。どうか、よろしく頼む」
この願いが砕けないことを、もしかしたら多大なる犠牲が出るのかもしれない。
しかし、いつまでもその場で踏みとどまっているわけにももういかなかったのだ。
「医療室も忙しくなりそうですね!私、頑張りますよ!!怪我しないことが一番ですけどもね」
真っ白な白衣の少女は元気よく手を上げる。
「これまで以上に皆さんに力が湧くように、疲れが癒えるように美味しいものを作って支援しましょう。任せてください」
上品な笑顔を浮かべた男は手にしていたペンをテーブルに置いた。よく見ると資料に文字が書かれているが、メモではなくおそらく試作メニューのレシピのメモだろう。
「まとまりましたね。各所属への任務について夕方にはマスター宛てに送ります。確認後、事務局に必要書類を早急に提出してください。それではNo.2とOTK以外はご退出いただいて構いませんよ」
パンパン、と二度手を鳴らした総司令が解散を言い渡す。
「は?何故だ。俺様は多忙なんだが?」
「私は訓練に行く」
残ることを指示された2人は大変不服であるといった態度を隠す気もないようであった。
しかし総司令は笑顔を崩さず口を開く。
「OTK、貴方また部下を過労にしましたね。No.2、施設の壁を2枚壊したと聞きました」
笑顔は崩れていないが、声音は嫌に尖っていた。
「本日のお説教です」
地上奪還作戦任務通知は昨晩20時を回った頃に全体に送信された。
『かねてより計画していた最初の地上奪還作戦を明日決行する。先行翔が森に対聖者トラップを仕掛けおびき出し、次いで陽炎が討伐せよ。森を抜けた先にある灰の街が今回の奪還対象である。既に索敵に向かった翔部隊によれば複数種の聖者の反応ありとのこと。先日の緊急任務時のように中型以上が出現する可能性もあるため注意せよ。
また、葉脈職員はマスターOTKの指示にしたがい物資の準備、一部職員は医療班翔と共に地上へ向かうべし。武器開発部は現在進行中の作業を全て停止し、破壊された武器の修繕・メンテナンスに備えよ。
追伸
短期戦を目標としていますが、激しい戦いとなることが予測されます。皆さんには負担を強いてしまい申し訳ありません。どうかよろしくお願いいたします。―――総司令』
いうなれば初めての総力戦だ。サイハテは300年もの間、生き延びることに必死で打開することをできないでいた。それほどまでに文明が聖者に及ばなかったし、それほどまでに資材も足りなかった。俺が生まれたのはここ数年の話だが、それでも長く生きている先輩たちには「かつて」の話をたくさん聞かされたのだ。
今日はおそらく、陽炎生で一番忙しくなる日だろう。
「俺は陽炎。全てを薙ぎ払い、道を切り開くための存在だ」
最近専属護衛をすることとなった男の顔が一瞬浮かび、肩を押された気がした。
先行翔部隊は現在も隠密しつつ常に灰の街からその周辺までの索敵、警戒をし本部に連絡を入れてくれている。はやく向かい、彼らを一度後ろに下がらせなくてはならない。
「No.2様が地上にてお待ちしているとの伝言を頂きました」
エントランスで任務受付を終わらせると、受付係からそう声をかけられた。
「あの人はA隊だろう。俺は今回C隊なんだが」
「さぁ…何かお話があるのではないでしょうか。先に地上へ出撃してください。他のC隊の方々には私の方からお伝えいたします」
そう言われたら素直に従うしかない。いつまでも受付を占領するわけにもいかず、武器を確認するとさっさと出撃ゲートへ向かった。ゲートエレベータはそこまで大きいわけではない。そもそもこういった総力戦任務など緊急以外ではめったにないのだから、わざわざ拡張しておく必要もないのだ。日常的に出る任務は少数部隊であり、翔も単独任務の方が多い。そして何よりも、陽炎、翔、葉脈問わず職員は本部全体を見てもやはり、そう多くはない。人工生命体はコストが掛かりなかなか増やせるわけでもない上に、実装しても帰って来ない者の方が多い。翔は比較的に生存率が高いが、それでも運が悪ければ聖者に駆られてしまうのだ。いや、聖者だけではなく、自然だって人類に牙を向くことがある。葉脈は言わずもがな、賢くなければまず入籍テストすら通れない。まるでふるいにかけられたかのように、サイハテ本部というのは精鋭の集団であると、人工生命体である俺の目から見てもそう思う。
ガガッ、と少しの揺れを起こしエレベータが止まる気配がした。どうやら考え事をしているうちに大樹内の水を抜け、地上へ到達したらしい。
地上はいつだって輝かしかった。偽物の太陽ではない、本物の日の光は平等に地上を抱き込んでいる。
「来たか」
大樹の外へ出てすぐに視界の外からむんずと強い力で服を引っ張られた。
「お疲れさんです、No.2」
首のない女性型。サイハテ内最高戦力である彼女はいつだって加減を知らない。
「貴様を呼んだのは他でもない。C隊に与えられた作戦も遂行してもらうが少し私の手伝いもしてもらうぞ」
ふふん、と自信満々でとんでもないことを口に出しているが、それどころではない。
「まずは俺を地面に降ろしてくれんか」
襟を後ろから掴まれて宙に浮かされているこの状況は、普通に誰だってつらいだろう。
「そもそも今回の陽炎全体の動きは比較的シンプルだ」
目の前で腕を組むNo.2は足でととん、と軽く地面をたたく。
「灰の街そしてその周辺に跋扈する聖者の完全排除。能力差があれど陽炎は能力の近い者同士で少数部隊が組まれた。私のいるA隊もそれに従っているが、私自身はそれだけとはいかない」
「はあ」
「本題だ。交戦が始まり次第、貴様はC隊として聖者を蹴散らしながら最前線に行く私に合流しろ」
耳を疑った。
「…それは何故」
「貴様、先日の奇襲では上手く立ち回り隊を守ったらしいな」
嫌な予感はしていた。彼女は特別戦闘を好むわけでないことを理解していても、いつも突拍子もなく恐ろしいことを言い出すことは陽炎であれば誰もが知っている。
「成長の時だ、同胞。あの男の専属陽炎になったんだ。この先も貴様には彼に関わる重要任務が鬼のように行く。それならば、貴様に強くなってもらうのが最も早いからな」
嫌な予感はしていた。彼女は100以上生きた人工生命体であり、多くの同胞を見送ってきたのだ。
「私が実地訓練を実践でしてやる。機転は力となるだろうよ」
No.2は、期待を裏切らないのである。
ピピッと電子音が耳のインカムから鳴ると担当オペレータの声が任務開始の合図を伝えてくれた。C隊と合流した俺は今回編成された仲間を一瞥し、頷く。それと同時に森へ侵入した。以前はここで灰の街からの帰還中に奇襲を受けたのだ。思い出して一人で苦い顔をする。
極力足音を消し、周囲の様子を探るとところどころに翔らしき職員たちの気配がした。
『こちらA地点、前方に目玉型と蟲型の反応あり』
「こちらC隊、了解した」
任務中の連絡はかなり簡潔だ。そうでもしないと言葉が錯綜し、混乱を招く。他の隊員もそれぞれ連絡を聞き武器を構えた。
「接敵する」
インカムの奥から『お気をつけて』とオペレータの代わりに専属となったあの男の声がして握った武器を落としそうになったのは内緒だ。
地面を蹴り、まだこちらに気づかない目玉型の輪に刃を振りぬく。ガシャンとガラスの割れるような音がして光が散らばると、そのまま丸い白金はさらさらと風になり消えた。それを確認し、もう一度地面を蹴り木の上から毒牙を向けていた蜘蛛型の足に刃を差し込む。
これだけでは切断はできないが、バランスを崩させるには十分だ。ギチギチと牙を鳴らしながら大きな白蜘蛛は背中から地に落ちた。すかさず他の蟲型を沈黙させこちら側に走ってきた隊員が光の輪を破壊する。蟲型はさほど脅威ではないが、なんせ数が多い。数の暴力とは最も厄介なものだ。薙いでも薙いでも数が減らなかった蟲型だが、しばらくすると徐々に疎らになってきていた。インカムにノイズが走るのを聞く限り、おそらく他部隊もそれ相応の数と接敵しているのだろう。しかし、今のところ他部隊への援護要請などは出ていないらしく、お互い上手く立ち回っているようだった。
「C隊長、我々はどう動くのが最適ですか」
白蜘蛛の消失を見届けた隊員が武器を構えながら声だけで訪ねてくる。
「俺はNo.2に呼ばれてはいるが、灰の街近辺までおそらく合流は難しいだろう。そこまでは他隊と同じく聖者を討伐しながら向かうぞ」
手短に伝えると、同胞たちは了解、と簡素に応えた。
森の中は視界が悪い。しかし、そこを蹂躙する聖者を一掃しなければ今後立ち入る支援部隊の安全を確保することはできない。陽炎所属の人工生命体は強いが、それは戦闘の局面でのみ発揮され、偵察や索敵の能力値はあまり高いとは言えない。だからこそ地上では翔が不足を補ってくれ、技術や研究により葉脈がサポートをしてくれる。それは陽炎には決して代わりになることはできないものである。
『こちらC地点。先日テング型が出現したエリアだが中型はなし。蟲型五体とオオカミ型の群れを確認。群れの規模は十体』
インカムからの声に死線が見えたあの時の記憶が過ぎり、嫌な汗が出る。護衛を任されておきながら件の研究者も翔の事も危険にさらしてしまった。「成長の時だ、同胞」といったNo.2の声がまた耳の近くで聞こえた気がした。