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EP1-2

泥と血のと草木の匂いが混ざり合い、少しだけ脳がぐらついた。

あれからオオカミ型の群れをいなし、蟲型を裂き、天使型とも接敵した。激しい戦闘の中で破損し、何部隊かは撤退を余儀なくされている。翔部隊が先行で索敵を続けてくれているが、聖者の攻撃が向かい負傷者が出た通達も届いていた。しかし、ここまできて未だ死者が出ていないことはかなり幸運と言えるだろう。

「こちらC隊、まもなく灰の街に到着する」

C隊はまだ離脱者は出ていなかった。オペレーターは短く「了解」と応えると次いで状況を伝えてくる。

『只今D地点で複数部隊が天使型の群れと戦闘中。E地点にオオカミ型が出現し、只今こちらに接近中です』

灰の街に近づくにつれ、聖者の妨害が目に見えて増えてきた。天は見えているのだろうか、地で一体何が起きているのか。

木々の合間をひたすら走る。灰の街に入り次第待ち受けているであろう戦闘を思えばまだ体力を温存しておきたかった。チカリ、と目前に光が見える。

聖者だ。

「C隊長、こちらは我々が対応します」「No.2に呼ばれているんだろ。私たちは大丈夫だ」

『こちらオペレーター、灰の街に索敵翔が到着し探知機を起動したのを確認しました。これよりC隊長を最短ルートでNo.2の元へナビゲートします』

口々に背中を押し、そしてすぐさま来たるオオカミ型の群れへと駆けていく隊員たち。そこへ鼓舞をするかのように担当オペレーターの通信が入る。

覚悟は決まった。

 

インカムで指示されたルートの通りに地を駆ける。多少入り組んだコース取りではあるが聖者と一体も鉢合わせになることはなかった。オペレーターは最短と言った。なるほどと思う。聖者に接敵すればその分時間を取られる。それならば鉢合わせにならないルートを指定し、全力で駆け抜ければおのずと最短ルートになるのだ。

『灰の街へ侵入しました。No.2は中心部鉄塔にいらっしゃいます。周辺の聖者はA隊とB隊が抑えていますのでこのまま直進し早急にNo.2と合流してください』

どうやら探知機に引っかかっている聖者は上手く誘導して2部隊に分かれて戦闘をしているようである。

『No.2との合流地点まであと200m』

「了解」

灰の街に入ってからは早かった。黙々と建造物の墓場を走り抜ける。前回の任務で来たままの地形である。灰の街は比較的聖者からの攻撃被害が少なく、綺麗に残っているものがほとんどだ。しかし長い年月放置されていたそれは緑に飲み込まれ、形ばかりの残留となっている。

『合流地点に到着しました。つきましては、No.2に指示を仰いでください。どうか、ご武運を』

ピピ、と電子音が鳴り通信が切れると同時に気配を感じた方へ眼を向ければ1つの影が鳥を模した聖者を地へと叩き伏したところだった。一瞬遅れて地面の抉れるような音が聞こえる。動かなくなった聖者が末端からさらさらと光になり消え始めるのを一瞥すると、その影に首から上はないはずなのに、確かにこちらと目が合った。

「ふん、遅かったな。」

かつん、と靴のかかとを鳴らす彼女こそ、まさにサイハテ最高戦力たる生命体である。

 

「これでも急いで来たんだがなぁ」

「私は作戦開始から10分ほどでここまで来た。舐めてるのか」

「No.2の経験値とスペックがどんなもんか自覚あって言ってます?」

大げさにため息をついて見せると、少し考えた素振りをしたものの。

「わかっているに決まっているだろう。お前たちは私より弱いのだからなんとかしろ」

さも当然といった様子で答えが返ってきたのだった。

「この奥に光の筋が先ほど見えた。大きさからして中型だ」

No.2が指さす先は鉄塔のさらに奥。視線を向けるとぞわりとした寒気がした。

「…中型との接敵は複数部隊との連携が推奨されているんでは?」

「馬鹿言うな。今日はお前の実地訓練をつけると言っておいただろう。」

呆れたように腕を組む姿に頭痛がする。なんて言ったって、彼女がYesならばそれはまぎれもなく実行されるのだ。

『中型1体、危険度丙の天使型が3体です。ご武運を』

インカムからはこの先に出現した聖者を観測した翔からの情報が流れる。了解と手短に返すと、No.2の方へ視線を向け覚悟を決めたように頷いた。

そこからは早かった。

地を蹴り、灰色の瓦礫を抜け電波塔の裏手へ走る。道中数体の目玉型がいたが、邪魔だと言わんばかりにNo.2は輝く輪を殴り壊していく。

「援護とやらをしてやる。お前は陽炎の中でも優秀な方だが、適応力が今一つ足りないんだ。代わりに判断力だけはあるのだから、柔軟に生かせ」

目標に向かって前を駆ける彼女が真剣な声音で言う。なにも人工生命体は成長しないわけではない。パーツを変えたり、武器を変えたり、内部機能をアップグレードしたりする個体もあれば人間のように知識を蓄え体にしみこませたり、訓練によって能力を引き上げることのできる個体もある。己も実践投入されたばかりの頃は勿論ひよっこで、ずっと弱かった。サイハテの希望でもあるこの大先輩が言うのならばおそらく己にもまだ成長の余地があるのだろう。

「目標接敵、おあつらえ向きじゃないか」

視認した聖者は翔からの情報の通り。光の剣を携えた天使型が3体と、その中心に佇むのは静寂を見据える赤いコアを持つテング型であった。

「お前さんの顔は暫く拝みたくなかったんだが…」

苦い記憶に自然と奥歯をかみしめる。先日の特命任務中に起きたテング型による襲撃。サイハテ本部の全ての部署を巻き込むほどの出来事となってしまった。

「そんなこと言っていると、本部の天井すら拝めなくなるぞ」

音のした方を見ると、天使型がこちらを視認し、光の剣を振り上げて向かってきていた。さっと地を蹴り横へ避ける。天使型は比較的脅威ではないが、恐ろしいのはその柔軟性だ。攻撃を外したのもつかの間、続いて第二、第三と刃を振り降ろす。こちらも負けじと避けた勢いのまま背後の木を蹴り、抜刀して輪に切りかかるも横から突如として飛びかかって来た光を見つけた。とっさに刀の柄を握り直し刃をそちら側に向けるとギン!と鋭い音がして弾き飛ばされる。空を舞うのは一瞬で、くるりと体制を整え受け身を取った。無理な防御をしたせいでズキズキと痛む手を一喝し唯一の武器を落とさぬように力を入れ直す。

ちらりと見るとテング型はまだ動かずに、ただ悠々と静を貫いていた。

 

テング型は、率いたいずれかの聖者が1体でも消滅しない限り動かない。

 

これはあの初対峙の時に至った結論だ。

強襲を受けた際、まずはじめに攻撃をしてきたのは他の小型聖者であった。蟲型は数が多いと脅威となるが、少数の場合はそれほどでもない。戦闘経験が長い自分ならすぐにでも、経験が浅くてもおそらく2人以上でならすぐに討伐が可能だろう。あの開けた場所でテング型は鎮座を選んでいた。警戒を怠ったつもりはないが、だからこそ小型聖者の破壊がトリガーとなるなど予想外だったのだ。そこからは小型と連携したテング型の猛攻が始まったのだった。

 

「来るぞ」

パキリと軽快な音がする。

いつの間にか隣に降り立ったNo.2が握っていた拳を開くと、ちり、ちりと光の粉が重力に従いこぼれた。既に天使型の1体を倒したのだろう。

だから、空気が変わった。

ヒョウと風が鳴る。

白金が宙に座るように浮いていた足を地へ降ろし、ゆっくりと顔のような部分でこちらを捉えた。

ガキン!と硬い物同士がぶつかっては弾ける。こちらの焦りなどいざ知らず、一体の天使型の攻撃を防いでももう一体の攻撃が続けて飛んでくる。No.2は決定的な攻撃を与えずに防御に徹しているようだった。本当に危なくなった時以外に手を出すつもりがないのだろう。

光の剣を刀でいなし、そのまま流れるまま腕を切り落とした。がくんと体勢を崩したその頭部の光の輪へすかさず刃を通す。ガラスの砕けるような感触を認識し、二体目と対峙しようとした瞬間、死角から切りつけるような突風が走った。

しまったと思った時には遅く、突然のことに身構えることもできなかった体は皮膚を細かく裂かれながら後方へ飛ばされた。

「ぐぅ…っ!」

思わず喉が鳴る。脇腹がじくじくと痛むのを感じた。身に覚えがある。

テング型の属性攻撃であった。

体勢を立て直す間もなく天使型は1体となっても猛攻をやめるつもりはないらしく、すぐさま機械的に間合いを詰め刃をこちらへ突き刺さんとする。

「っそ、邪魔だ!」

無理矢理体勢を低く屈め、勢いのまま足を切断する。地へ転び堕ちた体をすかさず足で押さえつけて光の輪を破壊した。

「気を抜くな!動くぞ!」

No.2の声で前を見ると、テング型が体を少し低くし構えをとっていた。

とっ…と軽く地面を蹴ったかと思えば、その体躯からは想像もできない素早さで飛びかかってきた。振り下ろされた拳は避けた後の地面を抉り、隙を許さぬ白い翼は追い打ちとばかりに鋭い風をぶつけてくる。それらを避け、攻撃に転じようにもテング型は止まらない。防戦一方ではただこちらが消耗するだけだと理解しながらも隙を誘発させることができないことに口を強く噛みしめた。攻撃をいなしながらぜい、と重い息を吐いたところを下から蹴り入れられた。みしりと軋むような音がする。

しびれるような感覚に脂汗がにじむのがわかった。片腕が冷たい。

「気を抜くなといっただろう!」

明らかに深いダメージを負った己に追い打ちをかけようとしていたテング型を、No.2はすぐさま拳を叩きこんでバランスを崩させた。

「お前に足りないのは中型聖者に対して勝つという成功体験だ」

それでもNo.2は本気を出さない。すぐに構えを整えたテング型はNo.2へ殴りかかる。

「いいか。この場にお前が守るべきあの男はいない、安全な場所にいる」

首から上はないが、彼女の真意は真っ直ぐに伝わってくる。

「梅雨払いができる私がいるのだぞ。この時だけは何も気にするな、思う存分暴れてみろ」

太陽がふいに雲に隠れ、風が鳴く。

テング型はもう一度低く構えを取った。

肩が軽い。今この場に、気を使うものなど何もないのだ。

「…了解」

腕の傷みはもう感じなかった。

 

先に動いたのはテング型だった。体躯に似合わぬ軽い身のこなしはそれこそ風を纏っているように素早い。間合いの詰まった中でふと小さく空気の擦れる音がすることに気づいた。直感を頼りに突進から身を逸らすと、ぴり、と頬が小さく切れる感覚があった。

「纏ってるのか」

鋭い風を鎧のように纏っている。なんとも器用なものだ。まともに触れればきっとこちらも大怪我どころでは済まない。

それでも、逃げるわけにはいかないのだ。

ぐ、と刀の柄を握り直しすぐさま地を蹴った。相変わらずテング型は大きな翼を羽ばたかせこちらを刻もうと風の刃を飛ばしてくる。それを交わし、己のできうる限りのバネを生かして側面から片翼を切り上げた。鈍い音がして、片方の大きな翼が光の粒子となり消滅する。つかの間の静寂。しかしテング型はぐりんと上半身をこちらに回し、大きな手で空中で無防備のこの身を握ったかと思えば軽々しく地面へ叩きつけた。

「ぁッ、…!」

一瞬呼吸が止まり、続いて全身に激痛が走る。

あの時は守りながらの戦いは、とにかく護衛対象を守ることが使命だった。しかし今は守るものが傍にない。だからこそ攻めに転じることができるが、それでもやはり属性持ちの聖者に上位戦力の陽炎だろうが1人は部が悪いのだ。

「っげほ…、!」

トドメを刺さんと飛びかかってきたテング型を寸でのところで転がり避ける。

埒が明かない。このままでは消耗負けする。

目の前の聖者のコアはまだ煌々と赤く妖しい光を放っているのに届かない。

「いや…」

そこで先ほど自分で片翼を切り落としたことを思い出す。テング型の属性攻撃は風であるが、それは自身の翼を器用に使い操っている。それが片方しかない今、その脅威は半減しているはずなのだ。

よく見ろ。柔軟に観察し適応しろ。

テング型からの猛攻を避けながらも細かく動いてはこちらも攻撃を加え続ける。

そしてその中で、No.2の姿が目に入った。

全てを理解した。

上部からの攻撃を与えた後空中でぐるりと体勢を整え、比較的遠い位置に着地する。変わらずテング型はこちらを捉え続け、攻撃をやめることはない。

避けながら刀を鞘に戻した。

一呼吸。

「No.2!!」

彼女の名前を叫びながら体を今まで以上に低く屈め、そしてテング型の風の刃を避け足元まで一気に駆けた。抜刀を使用とした頭上へ大きな拳が影を落とす。

しかし、その拳はもう1人の陽炎により砕かれた。

「いい判断と攻め手だった!!褒めてやる!!!」

どうやら合格点を貰えたらしい。表情がないはずのこの人工生命体は、しかしながらとても嬉しそうな声を上げた。

目線を上げれば目の前には赤いコア。

「おおお!!!!」

ありったけの力で居合の一撃を与える。バキッとガラスの割れるような音がしたかと思えば巨体は突如力をなくしたかのように沈み始める。

「ふー…ふー…、…これで終いだ」

潰されないようにするりと抜け出して、テング型の頭部の方へ回る。そして刀を振り上げ、光の輪めがけて一突き。

輪が破壊されると、白金の体はみるみる内に光の粒となって消えていく。

「よくやった」

背後からNo.2の声がする。振り向いて感謝を伝えなくては。まだ聖者がいるかもしれない、警戒だって…。

頭が回らず視界が狭まる。

「構わん、お前は乗り越えたんだからな」

遠くなる意識の中、インカムから作戦終了の声と、No.2の許しが聞こえた。

 

次に目が覚めた時は視界いっぱいに見慣れた天井が映った。

誰しもがお世話になる場所。

「おはようございます、お目覚めですか」

真っ白でふわふわの耳をぴこぴこ動かす少女がすぐさま声をかけてきた。こちらをどうぞとコップにストローをさして口元に持ってきてくれたのをありがたく飲む。

「丁度回診の時間だったんですよ」

「…作戦は」

「うふふ、もう仕事の話ですか?安心してください。任務は無事に完了しています」

クスクスと笑う少女にあの時聞こえた作戦終了の声は夢ではなかったのだと安堵する。

「まだもう少し安静にしていてくださいね。あなたは人間に近い肉体構造をしているんですから」

「…わかってるさね」

「おや、随分素直じゃないかい」

突然、聞きなれた男の声がした。静かにカーテンを開き顔をのぞかせたのは己を専属陽炎に指定した男。

「そりゃ、今回ばかりは無茶したもんでね」

「ははは、大したもんだ。前回の大立ち回りは無茶ではなかったと?」

「あーあー思い出したくない、忘れた」

知らん知らんと耳をふさぐ動作に男の表情がふと柔らかくなった。

「経過はどうだい、マシロ先生」

「大丈夫ですよオムニスさん。大まかな修復作業は終わっています。あとは薬の投与を続ければ自然治癒しますよ」

マシロはオムニスに説明しながら器具を次々片づけた。

「それでは私は次の診察に向かいますね、お大事に!」

そう言い残し、尻尾についた花の香りを残しながらぱたぱたと病室から出て行った。

「…君がNo.2に抱えられて帰還した時は心臓が騒がしかったよ」

ふと、オムニスが椅子に腰かけながら溢した。

「何をそんな。無事なことは通信でわかっていたんだろう」

「そうだけどね。それでも、人間なら死んだと言っても過言ではないほど君はぼろぼろだった」

いつになく落ち込んだ声にらしくないなと思う。

「…あれから何日経ったんだ」

「1週間さ」

嘘だろ、と思った。

「嘘ではないよ。君は帰還してから今日まで一週間眠っていた」

表情から動揺が伝わったのか、オムニスは優しい声音で伝える。

「灰の街奪還作戦は無事に終了したとも。現在はOTK作のバリアを展開し、灰の街に聖者が入れなくなった。陽炎、翔、葉脈から選抜メンバーを結成して地上にサイハテ初の仮拠点を作っている最中だよ」

「そうか…」

「詳しくはあとで通達と報告書を確認してくれたまえ」

「わかった」

伝えられる進捗に再び安堵する。

己は、課せられた役目を果たせている。

「全く、本当に君と来たら自分の身よりもサイハテのことを聞くと安心するような顔をするのだから困ったものだよ」

「はは、性分でね。お前さんに似たのかも」

「馬鹿言うな、私と君はまだ短い付き合いだろうに」

そこでようやく、オムニスの肩から力が抜けたようであった。

「今回の作戦、犠牲者は出たのか」

「いいや、今回も犠牲者はいない。重傷者も君以外に数名いたが、皆既に目を覚ましているよ」

「それならいいんだ。C隊も無事だったんだな」

「あぁ、君が率いていた部隊だね。No.2の元に行く途中で君のために聖者を食い止めてくれたのだとか」

「あれが今生の別れなど嫌だからな。それを聞いてやっと落ち着いた」

「そうか。起きたばかりでしゃべりすぎたね。もう休みなさい」

言われてようやく瞼が重いことに気づく。さすがに体力は全く回復していないらしい。

「君が復帰したら、C隊の子たちも呼んでお祝いでもしようか」

「はは…あんたのおごりな」

「いいだろう、ウーマイに何か頼んでみるのも悪くないな」

日常が戻った。

もう少しだけ休んで、そうしたらまたその分だけ体を動かそう。

体の力を抜いて、白いシーツに身をゆだねるのであった。

 

さらに3日後に灰の街にサイハテの仮拠点が完成したと通達が入った。

目下から取り組まれていた地下道工事のお陰で地上を通らずに灰の街にたどり着くことができるのだ。これは人類の大きな一歩である。空の下を奪還する未来もそう遠くないのかもしれない。

 

なお、No.2と行動をともにした陽炎の怪我の原因はテング型であるが、No.2が彼に無茶をさせすぎたことは明白であったため、後日総司令が彼女を正座させていたことはしばらくOTKの面白メモリに密かに保存されたのであった。

to be continued​...

@Zingai

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